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『ベニスの謝肉祭』が、ここにも🎶(と、一束50gの讃岐うどん)

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先日メトードローズに載っている『ベニスの謝肉祭』の話題を書いたのだけど、ふと、たしかショパンの変奏曲にも『ベニスの謝肉祭』のテーマで…というのがなかったっけ?と思い出し、『ショパン遺作集』を開いてみたら、『パガニーニの思い出』がソレだった。 で、さっそく弾いてみた。 変奏曲だから、メトードローズとは弾く音符が違うけど、たしかに『ベニスの謝肉祭』だ✨ 左手はショパンらしく大きく動いて、とっても素敵だった🎶 練習録画はナシで、たどたどしく一回だけ弾いた。 …と言っても、2ページ目のおしまいまで弾いて、事切れた😆💦 その後はオクターブ記号が出てくるし、まだページ数も3枚くらいある!試し弾きは面白かったけど、続きはまた余裕のある時に…という感じ。 どんな曲か?は、ニコライ・ホジャイノフさん( https://youtube.com/user/NikolayKhozyainov )のショパン・クラブの、ヴァリエーションシリーズをどうぞ聴いてみてくだいませ〜🎶 解説トークも興味深く面白いです。この変奏曲のアイデアが、のちの子守唄にも使われている…なんてことを教えてくれていますよ〜😄 さて、ここからは自分の記録です。 10月22日(金)は朝から雨降りで、少々肌寒い一日でした。 白いコットンのボートネックTシャツ(無印良品)に、裏起毛ジーンズ(Levi's)という格好です。寒い時だけカーディガンを羽織りました。 後半は雑多な話題を〜。 こちらはお昼ごはんに食べたキツネうどんです。 乾麺は、先週末にもーりーさんが保険屋のお姉さま方からいただいてきたものを茹でました。 讃岐ですが、コシが強すぎるということもなく、細めの平麺で、なんとなく稲庭うどんみたいな雰囲気でした。美味しかったです。 一束が50gずつというのも、私にとっては使いやすい量で良かったです👍✨ とうとうこの量のが出てきたか👀✨という気分で嬉しい!

横領:食べ物の恨みは恐ろしい?!

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  あべこべの世界への恨み(というか怒り)はまだまだあるので、シリーズ化していくらでも書けそうなもんだが、あまりアレに関わっていると自分が疲弊してくるので、普通の日常もはさまないとね。 昨夜は、もーりーさんの大好物を、留守の間に横領した(笑)。アイスが食べたくなったので、彼の買い置いていたシャトレーゼの黒みつきなこアイスを、断りもなく勝手に食べちゃった。 しかも、昨夜はさっさと寝てしまってSkypeもしなかったから、事後報告さえ怠った。勝手な行動をとり、報告もしないとは、これは日本の社会からすると重罪なので、相当ヤバイ。 罪に問われるかもしれない。 500円くらい罰金を払う羽目になるかしらん? でも、とても美味しかった😁  【追記:さっきSkypeで白状したら、「アイスは寒いからもういらない、代わりに湖池屋のポテチ買って」と、もーりーさんから罪状が言い渡されました。というわけで、ポテチで償いま〜す😄】 そして、日本のおやつと言えば、甘い物を食べた後の、渋いお茶である。お茶が怖くて怖くてたまらなくなる😁😁 そこで、伊藤園の「お〜い、お茶」のプレミアム玄米茶だ。これはティーバッグだが、めっぽう旨い。 日本で、ティーバッグのお茶がめっぽう旨いなんてことを書くと、通りを歩けなくなるかもしれないが、王様は裸だと叫ぶよりはマシであろう。 急須で入れるお茶もモチロン旨いが、このティーバッグの玄米茶は欠かさず買っているお気に入りだ。プレミアムでないと、ダメ。味がだいぶ違うから。 個別のアルミ包装が、たぶん味の劣化を防いで美味しさを保つのだろう。急須で入れるお茶の旨さと鮮度は、結局のところ購入後の管理に依存するので、やはり最高を保つのは難しいのである。 ティーバッグに勝算があるとしたら、これだ。 アイスと玄米茶の前、つまり夕飯にはコレを食べた。牛肉と野菜の煮込みに、茹でた蕎麦の実だ。 作ったのは昼間で、昼には食べたのはこんな様子だ。贅沢に平茸をたくさん入れた。とても美味しかった。 オージービーフの安いサーロインステーキを一枚買ってきて、それを小さめに切って煮込みに使った。脂身をとったりは絶対にしない。あれが旨味だからだ。 その他の具は、玉ねぎ・キャベツ・赤キャベツ・人参・平茸・トマト水煮・ビーフスープである。あ、あと、ニンニクと生姜のすりおろしも少々加えた。 茹でた蕎麦の実に

あべこべの世界⑤:夢を売れ!絶望を売るな!

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あべこべの世界は案外、考えている以上に根深いので、もうひとつ書く。パーソナライズ広告では、なぜ物が売れないのか?という話だ。 まず、パーソナライズ広告がイヤだと感じている人々の、回避策としての行動がどうなるか?を考えれば、物の売れなくなる理由はカンタンに分かる。 早い話が、消費者の 本当の姿が見えなくなる のだ。 パーソナライズ広告を回避するてっとり早い方法は、自分を偽ることである。年齢や性別を偽るだけで、中身はガラリと変わるだろう。昔からネット上には女を装った男がウジャウジャいる。 それでも閲覧履歴や検索履歴から、シツコクされると感じる場合には、そういう「便利な機能」を犠牲にして、別なプラットフォームを使う選択をする。 さらには、位置情報は消す。あるいは、登録地(国)を偽る。YouTubeにはこれがけっこう見受けられる。 しかし、ここまでやっても不快は消えない。 パーソナライズ広告は、的外れにシツコイ。「関係性」の使い方も間違っているからだ。 例えば、あるブログを見るとする。何日か続けて見たとしよう。すると、そのブログの書き手が好きで見ているような動画がYouTubeに上がって来るようになる。これは相当に気持ち悪い。 書き手の「書いているもの」には興味のあるものがあるから読んでいても、その人が日常に何を見ているのか?にまでは、興味はないのである。 この際、具体例を出すと、あるピアノ愛好家のブログを読んだ直後は、将棋や日本のピアニストの動画がどっちゃり私のタイムラインにまで上がってくるのである。「興味ナシ」で消すのが大変なくらいだ。 あまりヒドイと、そういう影響が出ると分かったブログ(ページ)は読ま(見)なくなる。書き手には否が一切無い場合でも仕方がない。 夫と共有のパソコンと、自分のクロームを同期させていた時は、夫が主にYouTubeをそっちで見るから、彼の好む動画が私のアカウントにまで登ってきて、始終ムカムカしていた。 お笑い芸人や野球やそういう男くさいコンテンツを消すのは骨が折れ、とうとうそっちのパソコンを同期するのはやめた。 今は、ほとんどそのパソコンは触らなくなった。(先月末に久しぶりに写真の処理で使ったが内心ヒヤヒヤものである。自分のスマホのタイムラインが荒れるのは、心の狭い私にはイヤなのである。) 自分がこうして何かを発信する場を持っていると、さらに大

あべこべの世界④:ずっとこういうビジネスモデルで行くのかね?広告の不快さは強烈

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ある時いろいろウンザリして、YouTubeやインターネットブラウザの中身を空っぽにして(ブックマークの類を外して)、今は本当にやっぱり好きだと思ったものだけ戻していっているのだけど、 YouTubeプレミアムを外してから一定期間が経ったようで、さっき突然、久しぶりの広告を見た。久しぶりだったというのもあって、拒否反応が半端ない💦 不快指数、高すぎだよ! いや〜、もう、あれを見たくないがためにお金払うよね。即、YouTubeプレミアムに戻してしまった😂  バックグラウンド再生も良い機能だと思うし、まあ、公にリリースされているアルバム等がそのまま聴けるのも良いもんね。YouTubeミュージックとかオフライン用のダウンロードはあまり使わないけども。 それより何より、広告っていったいいつからこんなに醜悪にヒドくなったのかねぇ? 昔は、カッコイイ広告が、ある程度はたくさんあったと思うんだけど。だって、広告批評とか広告会議なんて雑誌は、けっこうオシャレさん達に売れていたもの。デザイナーの卵といった人達が読んでいたのかもしれない。 広告に限らず、日本語のYouTubeコンテンツは美しいのがないから、もうサムネイル見ただけで即、消すよね。中身までたどり着かないよ、あんなもん。 ま、日本語書いてあるからと言って、クリエイターが日本人だとはもはや思ってないけどね。広告しかり。 日本のセンスって、あんなじゃないって思っているフシがどこかしらある。なんかもう、全体的におかしいと思う。 さださんが『建具屋カトー』って歌でさ、「日本人ってやつがいなくなってるじゃねぇかよ」と歌っているんだけど、あれは当たっているのかもしれないと、この頃すこし思うようになってきちゃった。 そう考えると、いろいろ腑に落ちることがある。 広告の話に戻ると、不快さを煽って、その不快さを回避するためのプレミアムサービスを売るという手法のビジネスモデルは、ハッキリ言ってあべこべ理論の悪質なヤツだ。 これは一時的には回避策の購入という利益を生み出すが、長い目で見れば、いくら広告を打っても誰も見ない、少なくともお金を落としてくれそうな人ほど広告を見ないという現象(回避策をすでに購入するから)が起こるわけで、そうすると、利益は良くて頭打ちになるのは目に見えている。基本的に、プレミアム会員の価格×登録者数しか生まない。付帯サー

バラードとロマンス:偉大過ぎたピアニストへ捧げる

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  Too young to win, too great to win.  18th Chopin Competition に、私の大好きなピアニストが出ると知った時、まさか?と驚いた。 でも、それを知ったら、なるほど過去にあれほど素晴らしい演奏をしたのに無冠に終わったのが解せなかったけれど、きっとそれは再挑戦権を確保するための最善策だったのか…と納得した。 おそらく入賞していたら、再挑戦権はなくなってしまうだろう。彼はとても若かった。だから、待つことが出来れば、もう一度チャンスがあったのだ。 そして彼は辛抱強く、待った。10年も。 でも、10年はあまりに長い。才能あるピアニストは、すっかりベテランになってしまった。コンペティションに出るには、実力、知名度ともにありすぎるのだ。 若手の登竜門としてのコンペティションという趣旨から、当然浮いてしまう。 だからだろう。本人もまわりも、出場についてほとんど無口と言っていいくらいだった。 しかしファンは楽しみにするのである。不釣り合いなくらい、圧倒的なことを知りつつもなお、勝つ姿を見たいと夢見た。 もし、ファイナルに進んだのなら、きっと第二コンチェルトを弾くのではないか?とまで予想して、心待ちにしていた。 しかし、彼はファイナルには進まなかった。 残念だが、コンペティションの趣旨に立ち返れば、やはりそれがコンペティション側の良心というものなのかもしれない。毎年、世界中で多くのピアニストが育つのである。 コンペティションは、彼らに道をつけてあげる大切な機会だ。コンペティションに出るまでもなく、すでに我が道を創り上げているベテランにはやはり不釣り合いなのである。 その点で、年齢的な若手であっても、すでに他力を当てにせずとも人気充分なピアニスト達が選に漏れるというパターンも、同様の配慮が感じられる。 そしてこの点に於いてこそ、音楽はスポーツとは違う、と言えるのである。単なる点数勝負ではなく、未来への文化の担い手を育てる目的を考えれば、コンペティション側のこうした配慮は理解できる。 ひとり勝ちしては、ほかの才能が育たない。根こそぎ持っていっては、やはりダメなのである。 こんなことを考えながら、ファンは残念だと思う気持ちをムリヤリ納得させ、癒やしている。分別のあるオトナの振りをしながら。 同じ舞台での第二コンチェルトを聴きたい、とい

Very Bad なピアノ練習映像🤣:ショパン『ギャロップ・マルキ』(など)

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10月20日(水)の昼間は、昨日に引き続きショパン遺作集から、ジョルジュ・サンドのワンコちゃん達をモチーフにしたという『ギャロップ・マルキ』を練習しました。 可愛らしくて、一見カンタンそうな曲に見えるんですが、これがどうして、なかなか私にとっては難しい〜💦 同音連打を4321とか指を変えて弾くの、苦手〜💦💦 と言いつつ、弾いていてとても面白くて楽しいので、ドイヒーなままの練習映像をアップしました🤣 こんなに弾けないのに録画するってあたりで、初めから笑っちゃってて、気持ちビデオになっちゃったかも😁 ま、いつも通り、モノ好きな方はどうぞご覧になってくださいませ〜。 これが、そのドイヒー【Very bad】な練習映像です。 最初の、ドを全部つけたままの、🎶ミミミー・ファソラシドー🎶のところからして、手のサイズ的には難しいよ〜💦 しかし、この弾けなさっぷりが、我ながら面白いので楽しいです😆🎶 暇で暇でしょうがないので、こういうの弾いてゲラゲラ笑えれば、ちょうどいいわ〜😄💕 さて、ここからは自分の記録です。 最近すっかりアタマのおかしい人は、こんな人です。10月20日(水)は、よく晴れて気持ちの良い一日でした。晴れればそんなに寒くもないので、今日は昼間は暖房はナシです。 ダンガリーシャツ(Eddie Bauer)に、スリムジーンズ(American Eagle outfitters)という格好です。 猫のなっちゃんが足元に来ていたので、一緒に写っているかと思いきや、すでにいませんでした…というのが上の写真です。 猫は素早いわねぇ。 こちらは、お昼に作って食べたペンネです。ひき肉と、ナスと、グリーンピース。 ブナシメジも入れたかったけど、料理してなかったら、冷蔵庫でダメになってた😅 食べてくれる人がいないと、ホント、ダメだね〜💦 それにしても、電子ピアノのおかげで日々過ごせてる感じ(それでも充分オカシクはなったけど)。ピアノを弾いている時が一番楽しい。 午前中は、ショパンのワルツOp.69-1をやっと暗譜しました。暗譜したから、少しはテンポが上がるかな? https://dolcevita-sana.blogspot.com/2021/10/blog-post_20.html 『ギャロップ・マルキ』の関連のエントリーはこちらです⬆️⬆️⬆️

ピアノの朝練と、初回の練習を録画したお話

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10月20日(水)午前4:30頃に起床。目が覚める時はたいていアタマの中で音楽が鳴っていて、それが目覚ましみたいな感じになっている。今朝はショパンのマズルカのOp.59-1が鳴っていた。 起き出して、外はまだ真っ暗だったけれども、電子ピアノの電源を入れて、さっそく朝練をした。 マズルカのOp.59-1に手を出すことにする。 まずは右手だけ弾いてみて、ここまでやろうと決めたところに色鉛筆で印をつけた。 好きな曲だから、印をつけたところまでは、メロディーをすでにある程度は知っている。でも、その先は怪しい。 印を付けたら、今度は、ゆっくり両手を合わせてみる。 すると、印を付けたところまでの範囲内の、自分にとっての難所がいくつか見えてくる。 中でも、最難関の場所は左手でメインテーマを奏でる部分だ。右手の合いの手の入れ方が難しく感じる。 マズルカにたくさん出てくる、付点8分音符と16分音符の交互にくるリズムがそもそも、あまり得意ではないから、なおさらだ。 だから、ここだけ何度か部分練習もする。たぶん、たくさんやらないと、私にはココは弾けないかもしれない。 その最難関部分の手前までの、譜読み初回をビデオに撮った。もちろん超スローである。 一部分のみの練習なのに、8分近くかかっている(笑)。 でも、全部こうやって、のろのろと練習しているのだ。一日目を撮影するのは初めてだから、後で見たら面白いかもしれない。 お手本演奏はいつも通り、ニコライ・ホジャイノフさん( https://youtube.com/user/NikolayKhozyainov )です。 ただ単にお気に入りだから、という理由。 1時間くらいゆっくり練習して、その後、朝7時頃に朝ごはんを食べた。 時間帯がこれでやっと戻った。 戻すために、昨夜は少し夜ふかしをした。今日の昼間は昼寝厳禁で行かれるといい。 とは言うものの、夜中に起きてて、明るい時間帯に眠るというのも、なぜかそこそこ魅力的で、すでに懐かしさを感じている。ごみ捨てや洗濯のサイクルも悪くなかった。 でも、とりあえず一回元に戻すつもり。 体感して比較したい。

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