夏目祭子『ダイエット破り!』を読んで

夏目祭子さんの『ダイエット破り!』という本を読んだ。1999年に河出書房新社から出されたもの。11歳からダイエットにハマった著者の、人体実験的体験ドキュメント。まだダイエットという言葉が無いに等しかった時代、小学校最後の年に激しい減食生活を送り、その後何年もその後遺症めいたものに悩まされつつも、それでもダイエット商品を試さずにはいられない10代20代の日々。そんな著者が行き着いたのは・・・?

自嘲的にも斜に構えた文体で書かれた本書、前半は読みながら切なさがつきまとい、それゆえ著者の意図的(?)にぶっきらぼうな物言いに何度救われた気持ちになったことか・・・。これが「です。」「ます。」調の「よい子」の文章だったら、ツラすぎてとても読めなかったかも。が、夏目祭子さんはそうじゃない。

自分自身が自分の青春に対して、挫折感いっぱいで過ごしてきたにも関わらず、実の親の目には順風満帆に映っていた・・・。そう、彼女は力強い。転んでもただでは起き上がらない気迫が、本の中からも伝わってくる。
自分の求めている姿の最終形が分かっていながら、そこへなかなかたどり着かない。こんなはずじゃない、こんなはずじゃない。やり方が間違っていると思えば、次から次へと新しい方法を試し、そして失望を繰り返す。その間、神様は実は何度もヒントを与えているのだけれど・・・本人はそれにいっこうに気がつかない。そして鏡に映る自分自身に駄目出しをし続ける。やればやるほど、自分の姿は思う形から遠ざかっていく・・・。一体これはなんなんだ?

「あぁ、もう、や~めた!」と放り投げた瞬間に、彼女は欲しいものを手に入れる準備を始めたのだ。向かい風に逆らって進むのを止めるだけでいい。風は心配しなくても、ちゃんと目的地へ運んでくれる。一切のダイエットをやめ、食事に対するこだわりや恐怖も投げ捨てた時、それはゆっくりと訪れた。

身体は人間が頭で考えるよりも、よっぽどもの凄い働きをするのかもしれない。味わって、楽しんで、食べたいものを食べたい時間に。激しく無理な運動を課すことなく、心と身体が気持ちいいと感じる程度のものを。


あたしは、運動量を減らして、
食べる量を増やしたからやせたんだ・・・・・・!

『ダイエット破り!』 p176

太る食べ物なんて本当はない、と著者は言う。身体の声に耳を澄ませば、必要なものが何かわかってくるはず。。。
また、著者はもうひとつの発見もする。「お腹が空いて何かが食べたい」というのとは別の、「とにかく物を詰め込みたい」という過食の欲求はどこから来るのか・・・?無性に食べたいというエネルギーは、本当は「他にやりたいことがある」というエネルギーの代替行為・・・???

自分は自分の生きたいように生きてきたのか?今、やりたいようにやっているのか?やっていないなら、それをすることは「本当に」出来ないことなのか?出来ない言い訳を自分で作っているのではないか??
本当に出来ないこととしても、その寂しい気持ちにむやみに蓋をしてしまってはいないか?やろうと思えば出来ること、なら、やってみようじゃないか。本当にできないことなのなら、腹をくくって諦めよう。今は、今。目の前のことしかないのだから。
それでも寂しくて仕方が無いのなら、その寂しさを気が済むまで噛みしめよう。食べたくもない袋菓子を食べる前に、自分の中の未消化の寂しさを食べ尽くそう。
あまたあるダイエットの手法は、次々新しいものが現れては消えていく。それを片っ端から試しながらこの人は、決して古くなりはしない、ブレイクスルーを達成したんだ。

神様、あなたから頂いたこの体は、面白いね。
気の持ち方次第で、体は不自由にもなるし、自由にもなる。

(中略)

神様、よくぞこの体を、
あたしに与えてくださいました!

『ダイエット破り!』P255 


この本書くために生まれてきたような、夏目祭子さんにありがとう!



*すでに10年前の本なので、古本や図書館で探してみてください。私も図書館で借りました。同じ著者の、『ダイエットやめたら痩せちゃった』も面白かったです。 

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