憂鬱な朝ごはん(マンハッタンのユースホステルのキッチン)

2014年9月のある日の私の朝ごはん。(本文とは関係ありません。)
 

ニューヨークのマンハッタンには、ある一時期に集中して4回出かけた。どれもだいたい2週間くらいのスケジュールで、そのうちの3回は103丁目のユースホステルに泊まり、最後の1回はユースホステルで知り合った中国人の女の子の住んでいた、コロンビア大学の留学生用の寮を又借りした。だからホテルに泊まったことは一度もない。

ユースホステルには地下に炊事場があった。最初に行った時にそこの様子を見て、調理器具も食器も揃っているけれど、ひとり分を作るのには鍋は大きすぎると分かったので、2度目からはアウトドアショップでチタン製の軽いコッヘルの2個セットを買って持って行き、それを使って自炊した。食材はその辺のグロッサリーで、野菜でも1個から調達できたので問題なかった。お米も玄米の小さい袋が手に入ったし、使いかけの食材や飲み物も名前を書いて冷蔵庫に保管できたので、毎日ではないにせよ、ひとり旅でも食事に困ることはなかった。

それに、地下の炊事場では、よその国の人たちがそれぞれに料理する様子が見られて面白かった。インスタントラーメンの袋を片手に、不安そうにしながらもう10分近くも麺をゆで続けているインド人の青年や、ガールフレンドの作ってくれたスパゲッティがテリブルだと嘆きつつ、大げさに肩をすくめて、それを処分する少年の姿などが見られた。

つまり、その地下の炊事場からは、「食欲をそそる美味しそ~な匂い」なんてものは、ほとんど漂ってはこなかった。そこでは私も含め、「食べること」なんてただたんにお腹を満たすため・・・みたいな人たちの姿が見られたってことだ。お腹が空けばそれなりに食事は採っていたにも関わらず、私はニューヨークに旅に出ると、必ず3キロは体重を落とした。歩いたり野外コンサートで踊ったりする量が、食べる量を大幅に上回っていたのだろう。

それにたまに外で食事をしようとすると、その想像を絶するボリュームに、見ただけで食欲を奪われる・・・なんてことはしょっちゅうだった。外でひとりで食事をすることは、半ば”格闘”の意味を帯びていた。

ケータイのフォルダに眠っていた2012年8月のある日の朝ごはん。
(本文には関係ありません。)
 
当時の自分にとっての旅先での食事情はそんな有様だったが、ところが1度だけ、その地下の炊事場で、思わず「それ、私にも食べさせてください」と言いたくなるくらい、い~い匂いをさせながら朝ごはんを作るおばさんに出会った。

彼女の名前は知らなかったが、それまでもその姿は見たことがあった。ユースホステルのパブリックスペースをいつも掃除している、太った黒人のおばさんだ。

その朝、炊事場には私とそのおばさんしかいなかった。おばさんが食事を作りに来る時間帯は朝といってももうだいぶ遅い時間で、普通の人々は観光地のオープン時間に間に合わせて早朝から動くので、もうとっくにユースホステルには人の気配はなかった。私はと言えば、観光スポットには興味がなく、夜更かし朝寝坊の怠惰な日々をそこで送っていたので、誰もいない炊事場で、のろのろとひとり分の食事を用意していた。自分が何を作っていたのかは覚えていない。あるいはただたんに、前日の残りのヨーグルトかなんかを、冷蔵庫に取りに行っただけだったかもしれない。

おばさんは炊事場に来るなり私に話しかけてきた。ものすごく気だるい話し方で、唐突に「あたしはすごく落ち込んでいる」(I've got depression.)と言った。初対面のおばさんにいきなり、自分は落ち込んでいるんだと告白されて、私は内心ものすごく驚いたけれども、見たところおばさんはてきぱきと動いていたし、口調は気だるくても矢継ぎ早に話を続けていたので、私はそれを聞きながらあいまいに笑顔を作るしかなかった。そして目は調理するおばさんの動きをじっと追っていた。この人はなんて美味しそうなものを作るのだろう!!
「ちょっとアンタ、人の話を聞いてるの?」
depression という言葉を私に向かって連発しながら、おばさんはこんがりとキツネ色のブラウントーストを2枚焼き、カラフルでたっぷりの野菜サラダをお皿にもって、カリカリに焼いたベーコンを2枚と、今にも黄身がとろりと出てきそうな目玉焼きを2つ作り、皿の脇にのせた。それはそれは美味しそうな匂いが炊事場いっぱいに広がり、私は心の中で、「この人は、ニューヨークで一番美味しいものを作るおばさんだ!」なんてことを考えた。

話を聞かず目を丸くしている私を見限って、そのスペシャルな朝ごはんを片手に、首を横に振り振りおばさんは炊事場を出て行った。彼女がどこでそれを食べたのかは分からない。ただ私の中に、デプレッションという言葉は、あの素晴らしい朝ごはんを思い起こさせる言葉として、永遠に記憶されることとなった。いまだに、あれ以上に食欲をそそる朝ごはんを、私は知らない。



コメント

Omoidasu Life さんの投稿…
私もあのユースホステルに二回も泊まったことがあります。2010年ごろだったのだろうか。地下にある炊事場も覚えています。普段家ではよく調理するけれど、旅行している時はめったにやりません。外食も楽しみにしているから。

落ち込んでいたおばさんはちゃんと食事もしていたのは、えらいですね。私だったらやっぱりスタバに行ってのかな~(笑)

同じ所に泊まっていたのは面白いですね。

最初に行った時は観光スポットに興味があってあちこち出かけましたが、二回めは劇場に行きました。ニューヨークらしいBroadwayを体験できてとてもよかったです。

アメリカに住んでいる私にとっても、ニューヨークは「古い町」、または「劇場の町」と感じました。

また行ってみようかな~
Sana さんの投稿…
★Omoidasu Lifeさん、こんばんは!
あのユースホステルに泊まったことがあるのですね~^^炊事場も覚えていらっしゃるとは嬉しいです。私も時々は外食を楽しみましたが、半々くらいにしてました。外国で食材を買って料理するというのにも興味があったので(笑)。

外食といえば、YHの向かいの、スパニッシュ系の人がやってるレストランに時々行きましたよ。パンと、ミートボールのスパゲッティが美味しかったです!まだあるかな~?グロッサリーの隣です。

Broadway は見たことがないのですが、NY City Balletと、american ballet theaterの公演を見ました。NYCBの方が抽象的な感じで好みでした。

私もまた行きたくなりました。

ふーぴー さんの投稿…
わ~なんて目に浮かぶようなリアルなNYの描写なんでしょう~(すごく戻りたくなった。笑)ユースについては経験が無いのですが、とにかく町の、空気が波打っているようなエネルギッシュな感じが大好きです^^。お料理上手なおばさん、何をそう落ち込んでいたんでしょうね~。 
Sana さんの投稿…
★ふーぴーさん、こんばんは!
お読みいただきありがとうございます。
嬉しいです^^

>とにかく町の、空気が波打っているようなエネルギッシュな感じ

たしかに!そういう感じがしますね!

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