戯曲、詩、哲学書、随筆、紀行文


シェイクスピア、『リチャード二世』、ちくま文庫(シェイクスピア全集26)


今朝は、いま読んでいる最中です~、の読書のお話です。昨日の午後からシェイクスピアの『リチャード二世』を読み始めました。ただいま半分くらい。

8月にこれと間違って『リチャード三世』を買ってしまったお話は、「リチャード違い」というエントリ(https://dolcevita-sana.blogspot.jp/2016/08/blog-post_4.html)に書いた通りです。『リチャード三世』の方がページ数もかなり多いのですが、台詞でガンガンつないでいく戯曲らしいスピード感にあふれ、また誇張されたキャラクターもそれぞれ面白く、あっという間に読み終わってしまいました。

一方、この『リチャード二世』はシェイクスピアの戯曲の中でも珍しいスタイルで書かれたものだそうで、原文で読めば全文が韻文で綴られているのだそうな。それで、翻訳されたものも自分にとってはなじみのないスタイルで書かれているように感じるからか、『~三世』の時のように一気には読み進められません。『~二世』の方がずっとページ数は少ないのですけれど。ま、読み進めにくいとはいっても、あと半分なので、時間が取れればこの週末には読み終わるでしょう。

やはりこういうのは原文で読んでその韻文としてのリズムを楽しむのがいいのかもしれませんね?オーディオブックなども面白いかもしれません。テキスト付のがあるかどうか探してみようかな?

【後日追記(2016.9.8)】

結局、後半を読んだのは週が明けてしばらくの木曜日の晩でした。が、読み始めたら加速しました!後半は展開が早いので一気にラストまで読んでしまいました。前半の印象と違って、ラストは胸に迫るものがあって感動しました。10歳半で王位を継いで33歳で退位させられ、運命に翻弄されたような一生。史実では諸説あるらしいリチャード2世の最後の瞬間も、ちょっと華を持たせてあるようでよかったです。訳者あとがきや解説も面白く、続けて『ヘンリー四世』も読みたくなってきました。言葉の使い分けの話などを読むと、原文にもチャレンジしたくなりますね!シェイクスピア、すごく面白いです!

チョーサー、『完訳 カンタベリー物語(上)』、岩波文庫


お次は英文学の古典、『カンタベリー物語』。これも読んでいる途中です。ハイ、そうなんです。複数冊の本を同時進行的に読んでおります。先の『リチャード二世』は昼間の気分転換に。『カンタベリー物語』は就寝前の短い読書時間に。

古典と聞くと堅苦しいのかなと思っていましたが、そんなことは全然なく、すごく読みやすくて面白いです。作者のチョーサーは詩人と言われているそうで、『カンタベリー物語』も「物語詩」というジャンルになるようです。岩波文庫版を読んでいるのですが、挿画はラファエル前派のウィリアム・バーン=ジョーンズです。そういえばウィリアム・モリスがケルムスコット・プレスで出したのもチョーサーでしたね。それに使われた挿画なのでしょうか?(きっとそうですね?)巻末にある「チョーサーについて」という解説文の中に、シェイクスピア作品に出ている人物の名が、実際の人として登場するのも面白いです。

『リチャード二世』と『カンタベリー物語』は、第2学期に履修登録をした放送大学の外国語科目『Walking with Writers』の題材になっているのです。教科書は全部で15章もありますから、それ以外にもたくさんの英文学が取り上げられています。今年の後半は、その中に紹介されているものをできる限り読みたいなと思っています。

そのほかに三冊の読書日記を続けて書いてます。ご興味ある方は、「続きを読む」からどうぞ!





吉田夏彦、『論と哲学の世界』、新潮選書


お次は哲学書。哲学書も堅苦しく難解なイメージがありましたが、どうもそんな感じでもないようです。初版は昭和52年(1977)と古いのですが、何回も版を重ねているので定番なのかも。古本屋さんでみつけました。

前書きにも書かれていますが、いつの時代の誰の思想や歴史を取り上げるといった哲学書ではなく、哲学の諸分野という章から始まって、哲学から見た論理学(あるいは論理学から見た哲学)へと移っていくという構成の本です。まだ読み始めなのですが、「あるのか ないのか」という部分から始まるものを読むと、あら?!これは以前、放送大学の公開講座で取り上げられていた、日本語の「猫」と英語の「cat」とでは指し示すイメージが異なるという話と同じ!(詳細はこちらのエントリをどうぞ → https://dolcevita-sana.blogspot.jp/2016/02/blog-post_27.html

英語を題材にした講座で集合論などが出てきて驚いたのですが、あれは哲学的講義だったのですね~。納得。ちなみにこの本の中では、猫ではなく「犬」になっています(笑)。落語も取り上げられています。ワクワク。

論理学とか哲学というのは自分にとっては「未知の世界」なので、最後まで読み進められるのか?といったところではありますが、今のところ面白く読んでおります。


飯高茂、『いいたかないけど数学者なのだ』、NHK出版(生活人新書)


本日のご紹介、最後の2冊は読了のもの。この2冊は、一気読みの気持ちよさ!を味わえた本たちです。まず一つ目は『数学ガイダンス2016』の巻頭対談に出ていらした飯高茂さんの本。タイトルがお名前にかけてあるのが面白いですね(笑)。「いいだか」先生ではなくて、「いいたか」先生なのですね。

実はこの本はご自身のことはそれほど書いてありませんで、ご友人である数学者、故・新谷卓郎さんの若かりし日のノートの収録というのが中心です。「S君」と表現されています。ちなみにこの表記は名を伏せているのではなくて、他の人についても最初に本名を記した後、すべて記号化してH先生とかW先生(ヴェイユのこと)とか書いているのが数学者的(?)で面白かったです。文字数も省略出来ていいですよね(笑)。

本の後半部分には数学のお話も書かれています。エクセルを使ったサイコロやルーレットのデモンストレーションのやり方だとか、乱数の出し方なんかが書かれています。面白そうなので、そのうち自分でも試してみたいです。


安田寛、『バイエル謎』、新潮文庫


さてさて、最後は『バイエルの謎』という音大の先生の研究にまつわるドキュメンタリー。紀行本としても楽しめます。こちらはあるブログの管理人さんの書評記事を読みまして、面白そうだと購入した本です。大正解♪ とっても面白かったです。教えていただきありがとうございます(^^)/

ピアノは、幼少時挫折組としましては今でも憧れの存在。この本を読んでからバイエルの全番号を動画サイトで見てみましたよ~。作者の方の指摘するバイエルの意図を思い出しながら視聴すると、なるほど~と思うことがいっぱい。バイエルのリアルタイムに同じ土地で生きた人々にとってなら、もちろんこれはお母さんが幼い子供に対して、本格的なレッスンを受けさせる前に家庭で…という目的にぴったりだったのでしょうね。毎週教会に通う家庭の子供なら、その旋律にも慣れ親しんでいるわけですし、自然な音として違和感もない。

が、しかし。これを日本の子供が退屈に思うのも、考えれば考えるほど仕方のないことかもしれないな~と思ってしまいました。まず、自分を考えても、幼少の頃なんて、お経は聞いても讃美歌なぞ聞いたこともない(爆)。そんな子供が、バイエルの旋律を自然なものとして受け止められるわけがないわいな~。なんのイメージもわかないもんね、音を聴いても。

と言いつつ、現在おとなになった自分が聴くと、意外や意外、それほど退屈などとも思わないから不思議。教会の様子などをイメージしたりなんかしたに日には、ウットリしたりなんかして。(大げさ!)さらに、「静かにしている手」の意義を読んでしまうと、1オクターヴの全部を使わないのに、こんなにたくさんのバリエーションが弾けるのか~と驚きの方が大きく、試してみたい興味がむくむくと沸いてきます。

そうなるともう、電子ピアノの価格検索なんかしちゃったりなんかして。履修科目を減らせばピアノを買えるよな~などとキケンなアイデアまで頭に浮かんできたりして。お、まだ履修登録変更間に合うぞ、などなど。まぁ、寸でのところでなんとか、なだめましたが。危ない、危ない(笑)。

すっかりその気になっちゃうほど、ひきつけられる面白さでした。音楽もいいですね~。



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