野口晴哉『女である時期』(1993年、全生社)

平成20年・第8刷

何年か前に読んだ本のご紹介です。野口晴哉さんの『女である時期』という本です。過去の日記をあたってみたけど、この本をいつ手に入れたか分かりませんでした。全生社さんの本は書店では扱っていないようなので、直接注文して送っていただきました。この他にも何冊か。

で、今回この本を取り上げますのは、ここに書かれていることを、暗に実証している方を見たからです。それが、子宮委員長はるちゃんです。(http://ameblo.jp/jj-haru/ )

以下、『女である時期』からいくつかの部分を引用し、見てみましょう。ひと昔前の日本人の会話が、落語のようで面白いです。


野口晴哉さんは戦前・戦後の整体師です。著書の中で彼は、男と女は性器が体の外にあるか内にあるかでまったく別になっていると言います。なので、たとえば同じ病気の症状を治すのでも、男と同じやり方を女にもしたのでは、治るものも治らない、と。そして女の体や心の不調・不具合は、ほとんどすべて、骨盤や子宮の調整でよくなるのだ、と。曰わく、妊娠するための行いによって、オンナの症状の多くは治るのだ、と。

そして、年齢的に大人になっていても、結婚して「妊娠するための行い」の機会を持っていても、身体的に発育不全だったり、知識不足からの恐怖心や不安を抱えていたりすると、そのことへの不満から体の不調や不具合を発生する…と書いています。

例え話として、あるリュウマチの女性の話が出ています。

この間も道場へ、関節リュウマチで体が曲がらない女の人がきていました。座ってお辞儀ができないので立ってお辞儀をする。一人では仰向けになれない。それで私はその人に忠告をした。「リュウマチというものは妊娠すると治るのだ。あなたの体を1カ月観たけれども、1カ月間に妊娠する徴候が一度もない。つまり体がよくなるきっかけが一度もないということはおかしい。妊娠は体の力の発揚と心得て行動しなさい」。すると、「実は私はこういう体だから治るまで奥さんの役目はしないと宣言した」という返事でした。「では一生役をしないのか」と訊いたら、「治るまでは」と言う。「あなたは一生治らないと方々で言われたと言っていたではないか。僕は妊娠すると治るのだと言った。だから僕の言う通りにすべきだ」と言いましたが、それから五日ほどして来たときは、人の手を借りないで一人で仰向けに寝て、人の手を借りないで起きました。「女になったな」と言ったら、「なりました」という返事で、奥さんの役をしたという話でしたが、突然体が変わるのです。ところが男にそんなことをさせたら体が硬張ってしまって、リュウマチがもっと悪くなる。オンナの場合には、妊娠に近づくと保護装置ができるのです。そこで男の場合と違って妊娠に近づく行為自体が悪くはないということなのです。結核などの場合、女にも男と同じように「性欲を慎むべし」と教えていた時代がありましたが、かえって治りが悪いのです。妊娠するための行為は女の体を丈夫にするために役立つことが多いし、妊娠して役立つことも少なくないのです。(P20-21)


また、結婚前の性教育がなかったために、初めの印象がよくなく、その後ずっと旦那さまを憎んでしまい、ヒステリーや愚痴・不満、物欲の激しさがでる…なんてお話も…(^◇^;)

これが発展した嫁・姑問題も書かれています。かゆいものが体にいっぱいできて、その処置を聞きにきた人が、話をしているうちに嫁の文句をバーッと吐き出して、治って帰っていった…とか(笑)。

子宮委員長はるちゃんは、子宮の声は本当の自分からの声として、「我慢」をせずに、子宮から湧き起こってきた言葉を口に出し、子宮から湧き起こってきたアイデアを自分の行動としたそうです。そうして、数年前に抱えていたいろいろな心身の疾患を、完治させたと書いています。

さらに、彼女の妊娠中の生活と安産、そして産後のスタイルや美しさの回復も、この野口晴哉さんの『女である時期』に書かれていることを裏付けているようで驚きます。「分娩前の夫婦関係はいっこうにかまわない(後略)」(P151)とか、はるちゃんの生活そのもの。彼女の妊娠中や出産後の様子は、2014年あたりのブログ記事が、ドキュメンタリーのように伝えています。


また少し野口の『女である時期』から引用します。

妊娠した途端に煙草が吸いたくなったという人がいました。その人はいつも流産していました。医者に「煙草を吸うからだ」と言われて、何度も煙草をやめようとしてみたが駄目だったのです。その人が私のところにきて「妊娠すると妙に煙草が吸いたくなり、それが原因で流産する。何度やめる決心をしても、つい吸ってしまう」と言うので、「やめる決心をしないで、完全に吸い続けてご覧なさい。そして旨くなくなったらやめる」と申しました。そうしたら皮肉なことに無事安産しました。しかし三人目のときには、また吸い始めたけれども少しも旨くない。そして男の子を産みました。女の子のときは煙草を吸って安産したのに、男の子のときは全然吸わないで安産した。そして彼女が「これでやっとあきらめがついた」と言うので、「何故だ?」と訊いたら、「今まで流産したのは、みんな女の子だということがこれで判ったから」と言っていましたが、制限して流産になり、制限しないために安産するということを考えますと、妊娠時の食べ物は、体の要求する旨いものを食べることが根本ではないかと思うのです。私はそれ以来、ずうっと妊娠中の食べ物は意識で管理しないで、そのときに旨いものを食べる、見て唾の湧いてくるものを食べる、ということを原則として指導してきました。(P131-132)

ちなみにこの『女である時期』は、タイトルに女とありますが、更年期の章には男性のいわゆる回春についての記述もあります。そこの会話文がとても面白いので、最後にそれを引用して終わります。

長い間、私は回春という、男の年をとったのをもう一度機能を復活させることをやっていました。ことの起こりは、今ここにきている木村さんのお父さんにあるのです。その人に「もうすっかりいい、よくなった。明日からこないでいい」と言ったら、「これは妙なことをうけたまわる、よくなったというのは何を基準にするのか」と訊くので、「健康になったこと」と答えると、「健康とはどういうことか」と反問する。それで、「体中が緊張し、弛緩することが自由に行われることだ」と言うと、「その意味は判った。体が完全にどの部分でも緊張し弛緩できることが健康だということはいつも聞いていたし、そうだと私も賛成している。だが、我が体の中央の一点は緊張しようとしているのに緊張しない。そういう一点が残っているのに、よくなったからこなくていいというのは何事か。私はこの自然健康保持会(整体協会の前身)こそ自然な健康が得られるところだと確信していたが、まだ自然健康を得ないうちにくるなといわれるのは心外だ。あなたは今、体全体の緊張、弛緩を調整する力がないものと認めたことになる。だから今後本を書く場合にも、中心の一点を除いての緊張、弛緩と書くべきである」という返事なので、いささか癪に障って、「そんなことをすれば、あなたはすぐにもっと年をとって早く死んでしまう。早く死んでしまうようなことはやれないのだ」と言ったら、木村さんは「あなたは若いから知らないが、花の咲いた一年というのは、花の咲かない十年にまさるのだ。花の咲かないまま十年生かされるより、咲いて一年で死んでいく、それで本望だ。飛んで火に入る夏の虫だって、彼らはそれで満足して飛び込むのだ。少なくとも健康に生きるという看板を立てているのなら、それをやってくれる親切があってしかるべきだ。たとえ一瞬で死んでも悔いはない」と言ってきかない。それならやってみようと思って試したら回復し、そのうえすっかり元気になってしまった。それからは木村さんがいろいろなおじいさんを連れてくるようになりました。大分偉い軍人や政治家のNさんとかYさんとかいう人を覚えていますが、いつのまにか広まって、八十歳を越す老人が随時大勢集まるようになりました。(P60-61)

女性が読んでも男性が読んでも、面白い本だと思います。

全生社さんのホームページはこちらです→ http://www.zensei.co.jp/books/index


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