ドリアン助川『あん』(ポプラ文庫、2015年)


6月25日(日)の午後に本厚木ミロード2の「くまざわ書店」さんで、ドリアン助川さんの『あん』という小説を買いました。とても素敵な物語で、引き込まれるように、ひと息で読みおえてしまいました。

この本のことは、前日の夜に訪れた新宿のバルで、隣合わせた方から「とてもいいお話ですからぜひ読んでみてください。映画にもなっています」とオススメされたのでした。オススメしてくださったのは、日本語のとても上手なオーストラリア人の女性でした。

私はもう長いこと、日頃あまりフィクションを読まなくなっていたので、ドリアン助川さんのお名前は叫ぶ詩人の会での記憶で止まっており、小説を沢山お書きということは知りませんでした。また邦画もほとんど見なくなっていたので、『あん』という映画の存在も知りませんでした。

自宅に帰ってからインターネットで本や映画のことを調べてみると、映画のキャストに樹木希林さんのお名前をみつけ、見てみたいな、と思いました。

翌朝、彼女はFacebookのメッセンジャーで、同じくドリアン助川さんの『多摩川物語』もオススメしてくれました。『あん』がとても素敵な物語だったので、次回はぜひ『多摩川物語』も読んでみようと思います。

アリソンさん、ドリアンさんの本を教えてくださってありがとうございます(^^)


日曜日の夕方、買い出しをしながらもーりーさんが「僕この後パチンコに行きたい」というので、じゃあ私はゆっくり読書ができると喜んでドリトスとコロナを買い込み、数ヶ月前にメキシコ人くんの置いていったサルサを小皿に出して、『あん』を読みはじめました。『あん』の「あん」は餡の「あん」だと知っていたけれど、私はこの小説の主人公と同じように、和菓子よりもお酒だなと思うタイプなのでした。

※ここから先はネタバレがあります。



物語は、訳ありで借金のかたに「どら焼き」屋で雇われ店長をしている男が主人公で、彼がある日、餡作りの得意な老女と出会うところからはじまります。老女はハンセン病の元患者だった人で、身寄りがなく、今もかつての療養所で生活しているのでした。

男ははじめどら焼きに思い入れもないし、自分の人生にも希望も持っておらず、それなのに人並みに世間体も気にして、指先に後遺症の残る老女がお客の目に見えることを避けようと思いつつも、餡のクオリティだけは店に取り入れたいと身勝手な考えをしています。

それまでは店のどら焼きの美味しさにも自信やこだわりなどなく、餡も缶詰めを使っていたのですが、しかし老女の餡を使いはじめると、どら焼きはしだいに味の分かる人々に売れるようになっていきます。

借金を早く返して、できることならどら焼き屋などさっさと辞めたいと思っている男は、以前から無休で店を開けていましたが、今や売上を少しでも上げようと、仕込み量を増やし、営業時間も延ばすようになりました。当然、無理がたたってある日カラダが動かなくなります。

すると、店は開けなくて良いと伝えていたにも関わらず、老女は男のいぬまに店を開け、どら焼きの皮まで焼いてたいした売上を作ります。シャッターの開け閉めはお客さんが手伝ってくれたと言うのです。その日から、男は老女の存在を店からあまり隠さなくなります。ところが、お客で来る中高生の女の子たちが老女とのほんのわずかなやり取りを楽しむようになった頃、一方で、客足はしだいに減っていくようになったのでした。

ハンセン病はすでに完治しているにも関わらず、世間の誤解と偏見は根強かったのです。また、どら焼き屋のオーナーも「一度離れた客は戻らないのだと」言って、男に違う看板を出すことをしきりに勧めるのでした。

しかしその頃には、男の中には自分でもびっくりするほどのどら焼き作りへのこだわりが生まれていました。それは老女への感謝と信頼も含まれていました。



『あん』という物語の中にはとても静かな時間が流れ、キャラの立った人物など出てきません。しかしその平凡さこそが、リアリティを持って読者の心に染み込んできます。

自由な中にあって、不注意で自ら不自由を生きてきてしまった男と、ある時ふいに病と誤解や偏見によって、「法的に」「強制的に」自由を奪われてしまいながらも、その限られた時と空間の中でさえ、わずかな自由を生み出して生きてきた人々(老女)が出会います。

老女とその友人達は、世間から隔離されてきた長い時間の中で、それぞれが病に出会う前に得意だったもので小さなグループを作り、お互いがお互いのために、ある人は着物を縫い、ある人は散髪をしてあげ、またある人は製菓部で餡を作り続けてきたのでした。

『あん』はいくつかの国でも翻訳書が出ているそうです。映画も外国での上映があったそうです。そんな外国での日本語メディアのひとつ、フランスのOvni にドリアン助川さんの『あん』に関するインタビューが載っていました。この物語は、ドリアンさん自らが餡を炊く経験をしたことと、ハンセン病の元患者さんとの出会いから生まれたものだそうです。

映画もぜひ見てみようと思います。

穏やかでシンプルだけれども、とても力強いメッセージの込められた物語でした。

★Ovniのドリアン助川さんのインタビュー記事はこちら→
http://ovninavi.com/delices-de-tokyo/


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