映画『わすれな草』@アミューあつぎ映画.comシネマ(と、Bonの日帰ランチ)

映画『わすれな草』ポスター

8月17日(木)の午後に、アミューあつぎ映画.comシネマさんでドイツのドキュメンタリー映画『わすれな草』を見ました。39歳の映画監督の二作目の劇場映画で、2012年に他界した自身の母親の介護の様子を撮影しています。アルツハイマーがテーマです。作風は患者さんのもともとの性格やご家族の雰囲気のおかげで、重たいテーマにもかかわらず、明るいものとなっています。

★『わすれな草』の公式サイトはこちら→http://gnome15.com

※ 以下、ネタバレあり。かなり長文です。

アルツハイマーがテーマとのことで、映画館にはご年配の女性が多く、またその配偶者といった様子の年配の男性も来ていました。平日ということもあり、私より若い世代は見受けられませんでした。

介護の様子を撮影したドキュメンタリーということになんら偽りはありませんでしたが、この映画にはもう一つの側面もありました。といいますのも、この家族が例えばサラリーマンと専業主婦(あるいはパートタイマーの兼業主婦)といったごく平凡な家庭…、ではなかったからです。撮影した監督自身も、自らの親のことなのに、映画を撮影することにより、初めて両親の様々な事実を知ったようでした。


この夫婦は、夫がほとんど家庭を顧みることのない数学者で、妻はスイスの秘密警察にマークされていたほどの、かなりラジカルな政治活動家でした。また、結婚の条件にお互いの浮気を容認するというものが含まれており、事実そのように生活をしてきました。家族アルバムにはお互いの自分ではないパートナーの写真も貼られており、また、映画にも母親のかつてのパートナーで左翼活動家の男性のインタビューも出てきました。(インタビューでは恋愛についてのみが語られています。)

このように一見、先進的なカップルとして三人の子供をもうけ、クールに生活していたわけですが、母親の日記には、本心では抑え込んだ嫉妬心に苦しむ様が綴られていました。女友達には、感情を吐き出すようにとアドバイスされていたようですが、この母親は「自分の感情を吐き出すことは相手をコントロールすることになる。私はそんな人間になりたくない」といって、自分の本音を夫にぶつけることをしませんでした。

映画撮影が始まったのは、アルツハイマーと診断されて四年目からでした。それまでは、定年した夫がひとりで介護していました。定年と同時に発病し、夫の「定年したら思い切り好きな数学だけをやっていたい」というささやかな夢は崩れ去りました。ここだけを切り取ると、アルツハイマーはまるで復讐の病のように感じました。

そこへ映画監督である息子がやってきて、父親と介護をバトンタッチしました。父親はスイスへと逃れ介護から解放されます。しかし息子は一週間でヘトヘトになります。疲労困憊した息子を見た母親は、急に覚醒したように、自分の故郷を訪ねる旅を提案します。それを皮切りに、父親が滞在し、かつて二人が暮らしたスイスを訪ね、また、初めて出会ったドイツのある町を訪ね…と、母親のルーツをたどる旅が始まります。

映画を見たあとに食べたランチ
本厚木のBonにて

そのように、夫婦は関係を築き直します。また、一度は病状が悪化し、介護施設にも入ります。介護施設に入った母親の容態は、目に見えて良好になりますが、もはや家族には他人のようになってしまいます。そして、そのことが家族に話し合いの場を持たせ、関係の希薄だった父親と子供の距離を縮めます。そして再び母親を家族みんなで自宅で介護をすることにします。

もちろん、家にはリトアニア人の女の子が専門の介護者として入ってきます。彼女はアルツハイマーの患者さんは赤ん坊と同じであるという考えで、時に家族と口論になっても、その母親を親身に世話し、オシャレをさせ、愛していると言葉に出して伝えます。戦争で幼い頃に父親を亡くし浮気公認の夫と結婚した彼女には、「愛している」と言葉に出して伝える相手も伝えてくれる人も今までいませんでした。

この母親は、自分の夫が自分の夫だとはすでに分からなくなっていましたが、最後に彼に「愛している」と伝えてこの世を去りました。(ちなみに、夫の母親は老人ホームで生活していますが、闊達として元気です。)

この映画を見て感動したかと問われると、正直よく分かりません。一度も涙は出ませんでした。しかし、なんだか初めて、一緒にスクリーンを見ていた人々に「どのように感じましたか?」と、心の内を聞いてみたい衝動を覚えました。

アルツハイマーはひょっとしたら心の病なのではないか?というのが、私の感想です。

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